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福岡地方裁判所 昭和32年(わ)1270号 判決

被告人 渡辺貞雄こと岡本貞人

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

第一、罪となるべき事実

被告人は、佐賀県杵島郡大町町小学校を卒業し、佐世保市早岐中学校に在学中十四歳にして父を失い、その後母の手に育てられて昭和二十五年三月同中学校を終えた後は、同市内の会社あるいは駐留軍キヤンプ等に勤務していたが、家庭が経済的に苦しかつたためか中学校在学中より盗みを働くようになり、就職してからも悪癖が治まらず友人と語らつて窃盗、強盗等の犯行を重ねた結果、昭和二十六年七月六日長崎地方裁判所佐世保支部において懲役三年以上五年以下の刑に処せられ、佐賀少年刑務所に服役したが、同所を一年にして仮出所し、その後暫らく佐世保市内においてキヤバレーのバンドマンをしていたところ、当時知合つた女のことから再び事件を起し、昭和二十九年五月二十八日佐賀地方裁判所唐津支部において殺人未遂、傷害罪により懲役四年に処せられ、諫早刑務所に服役し昭和三十二年六月十日仮出獄するに至つたが、爾来一定の職に落ち着かず、同年十月末頃福岡市に来た後も一時同市薬院の飯場に入り土工をしたのみで、同年十一月十五日頃からは仕事にも就かず遊び暮していたものであるが、

(一)昭和三十二年十一月十九日午後九時頃福岡市住吉町国鉄博多駅住吉貨物ホームにおいて、日本通運株式会社福岡支店長代理井上清治保管にかかるトリスウイスキー四合入丸瓶二打詰ボール箱一箱(時価八千百六十円相当)を窃取し、

(二)同月二十三日午前零時過頃、前記貨物ホームにおいて、前同人保管にかかるトリスウイスキー四合入丸瓶二打詰ボール箱三箱(時価二万四千四百八十円相当)を窃取し、これを同貨物ホームより同駅構外に搬出していたところ、折から夜警中の国鉄警備員安武進(当四十六年)に発見され、逮捕されようとするや、右逮捕を免れるために、所携の刺身庖丁を以て、やにわに右安武の左胸部を突き刺し、因つて同人をして心臓刺切創にもとづく外傷性失血のためその場において間もなく死亡するに至らしめたものである。

第二、証拠の標目(略)

第三、弁護人の主張に対する判断

弁護人は、被告人は判示(二)の犯行当時、飲酒酩酊し、心神耗弱の状態にあつたと主張するところ、第二回公判調書中の被告人の供述記載、被告人の検察官に対する各供述調書、証人塚越博、同染森浩治の当公判廷における各供述並びに姜桂玉の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人が本件犯行の当夜相当量のウイスキーあるいは焼酎を飲みかなり酩酊していたことは認められるけれども、被告人が犯行前バー「道」及び「ちくしの」において塚越博、染森浩治らと言葉を交した当時の会話の内容、あるいは犯行後間もなく訪れたと認められる博多駅附近の飲食店「江南屋」において姜桂玉から同人の父のセーターを借り受けた際の言動等よりすれば、被告人は本件犯行の前後にわたつて事物の弁識能力を充分に備えていたと認められ、且つまた被告人はその警察及び検察庁における取調べに際しては被告人が本件犯行場所にいたつた際、ウイスキー箱が、何かによつて覆われたうえ、ロープもしくは繩で縛つてあつたので、ウイスキーを盗むために、所携の刺身庖丁でそのロープを切りほどいたこと、ウイスキーは一箱ずつ三箱運びこれを運搬してゆく途中、貨車の下をくぐつていつたこと、被告人が足の方に激しい痛みを覚えて、目をさましたところ、傍に人が立つておつて、その者が「運びよるのは、お前だろう」と言いながら、被告人の背後から組みついてきたので、それを振り切ろうとして、その時に刺身庖丁に手をやり、それを握つて、相手を突き刺したこと、その後水タンクのところで被告人が右半身を水タンクの中に落しこみ、庖丁の柄を左手に持ち、刃を左腕の内側にそわせるようにして持つていたことに気づいたことなど、本件犯行の主要な事実についてかなり正確且つ詳細に記憶しており、これを任意に取調官に対し供述している事実も認められるので、以上の点を綜合すれば、被告人は、本件犯行当時においても事物を弁別しこれに従つて行動し得る能力を持つていたものと認めることができる。従つて、被告人の弁別能力(認識能力)が著しく減退し、いわゆる心神耗弱の状態にあつたものとする弁護人の主張はこれを採用しない。

第四、法令の適用

被告人の判示所為中、窃盗の点は刑法第二百三十五条に、強盗致死の点は同法第二百四十条後段にそれぞれ該当するところ本件犯行の動機並びにその結果と被告人の年齢及び被告人が育ち来つた社会的家庭的環境その他犯行後の情状等諸般の情状を併せ考慮し、強盗致死罪についてはその所定刑中無期懲役刑を選択し、なお窃盗罪については、被告人が昭和二十六年七月六日長崎地方裁判所佐世保支部において窃盗、強盗罪により懲役三年以上五年以下に処せられ、当時右刑の執行を受け終つたもので、そのことは検察事務官作成の被告人の前科調書並びに第二回公判調書中被告人の供述記載によつて明白であるから、同法第五十六条第一項第五十七条に従い右窃盗罪の刑に再犯加重をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるが、そのうちの一罪につき無期懲役に処すべき場合であるから、同法第四十六条第二項本文に則り、被告人を無期懲役に処することとし他の刑を科さない。

また、被告人は貧困であつて訴訟費用を納付することができないことが明かであると認められるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して、被告人には訴訟費用を負担させないこととする。

(裁判官 後藤師郎 下門祥人 権藤義臣)

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